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平成23年10月4日

御  題    『折伏は慈悲第一』

御教歌(日扇聖人教え歌)

(すて)おかば  おのれそだちに  わるうなる
弟子(でし)植木(うえき)も  せはしだいなり

百座法門(三)扇全十二巻二二九頁    


テーマ【むごい教育】


放任主義という言葉がありますが、一般的には、親が育児や子どもの教育に対し、熱心ではなかったり、子どもにまったく手出し口出しをしないことに使われています。


しかしながら、手出し口出しをしない、野放し状態では、主義などというものではなく、単なるほったらかしで、本当の放任主義とは、各自の自由にまかせて干渉しない方針ではあっても、 親自身が、わが子への過干渉・過保護を誡め、子ども自身の判断と行動を大切にしながら子どもを見守るのが、本当の放任主義で、決してほったらかしではないのです。


ですから、方向性が違ったり、明らかに間違いがあった時には、助言やその方向性を示していくことが必要であり、大切といえます。


つまり、育てるということは面倒を見る。


お世話をさせていただくということで、そのお世話次第で良くもなれば悪くもなる。


何事もまごころ(慈悲)を込めたお世話が大事ということを教えていただいているのです。

【今川義元の「むごい教育」】


戦国時代、駿河国(静岡県)の今川義元は、竹千代(徳川家康)を人質にとりました。


義元は家来に対し、「竹千代には、むごい教育をせよ。」と命じました。


そんな義元の考えを知らない家来は、竹千代に粗末な食事を与え、ほとんど休みなしで剣術・馬術・武術などを教え込む生活をさせました。


数日後、義元は竹千代の教育係を呼んで「むごい教育をしているか」と尋ねました。


すると教育係は「はい、むごい教育をしています。  朝起きた時からすべてかけ足で行動し、食事も粗末な野戦食、休憩はほとんどないし、剣術・馬術・武術・・・と休むひま無しです。   これ程むごい教育はないと思います」と得意な様子で報告しました。


これを聞いた義元は大変怒り「ばかもの、それはむごい教育ではない。  おまえ達は余の言っていることがわからないのか。  今日から竹千代の食事には朝から晩まで、海の幸や山の幸あふれる贅沢な、 最高のご馳走を好きなだけ与えよ。  それからいつも美女を与え、遊ばせておけ。  寝たいと言ったらいつでもいくらでも寝かせてやれ。  夏は暑くないように、冬は寒くないようにしてやれ。   学問が嫌だと言うならやらせるな。  何事も、好き勝手にさせたらよい」といい、そして最後に義元はこう言ったのです。


「そのようにすれば、たいていの人間はだめになるから」


武士として強くたくましく生きなければならない戦乱の世の中に、あまい環境にすることで将来、信念も筋金もない骨抜きの人間になる。


これこそ竹千代にとって、むごい教育。


今川義元の「むごい教育」というお話です。


お互いに、家族や周囲の人たち、また自分自身に「むごい教育」はしていませんか。




平成23年8月20日
御教歌(日扇聖人教え歌)

方便(ほうべん)宗旨(しゅうし)(すて)真実(しんじつ)
みのり(たも)ちて先祖(せんぞ)とぶらへ

テーマ【お盆回向】


普通「お盆」と聞きますと、多くの方はお盆のご回向とイメージし、ご先祖のご回向をと、お墓にお参りするものです。


その反面、「お盆」と聞きますと、お盆休みと「お休み」をまずイメージされる方も少なからずあるものです。


実際、「お盆の休日を使って、今年の海外組は何万人、国内帰省組は何万人。今年はハワイが人気」などと、TVなどのニュースで報道されます。


昔は「お盆の期間は海水欲に行ってはいけない、霊が足を引張から」などと、言ったものです。


これは、亡き霊を恐れる、言い方を替えれば敬いをもって接しているともいえます。


今の自分はどうでしょう?亡き霊にたいする敬いを、どこかに置き忘れてはいないでしょうか。


今の自分があるのは、生み育ててくださった方のお陰、ご先祖あればこそ、今の自分があるあるということを忘れてはならないのです。


お盆回向は、普段忘れがちの、ご先祖への感謝への思いと、敬いを再確認させていただき、人が本来もっている真摯な心をあらわす良い機会のなでのす。


このお盆回向がされるようになったのは、仏さまの十大弟子のお一人目蓮尊者が母を偲び、その回向をさせていただいたお話しからです。


この目蓮尊者の母への思いを、私たちもいただき、お盆にはお寺に、また、お墓にご参詣させていただき、お題目口唱でご回向をさせていただきましょう。

【目蓮尊者のお話し】


目蓮尊者はその神通力を使って亡くなった母親が今どんな世にいて、どんな暮しであるかを確認しようとされます。


すると母親が餓鬼界に墜ちていて大変な苦しみを受けているのを発見する事になります。


その佛様のお弟子に「神通第一」と称された目蓮尊者がおられました。


姿は毛は抜けおち全身痩せ衰え、腹だけが膨れ上がっていて、口が張り裂けており、「飢えの苦しみから逃れたい」の一心で手を合わせ食べ物を求めているという、悲惨な姿でありました。


目蓮尊者は母親を救うべく神通力をもって食べ物を届けますが、母親が口に入れようとした瞬間、食物が炎に変わり母親の身を焼いていきます。


慌ててその炎を消す為に大水を送りますが、今度は水が薪に変わり炎が大きくなり母親の身を激しく焼いていきます。


母親を助けようとする神通力が、かえって母親に更なる苦しみを与えてしまったのです。


万策尽きはて、悲しみにくれる目蓮尊者は佛様にお助けを乞い願います。


佛様は、母親が餓鬼界で苦しむのは、生前の欲深い行動が原因である事、その苦しみは神通力では叶わない事とお悟しになります。


そして、母親を救うには、七月十五日に多方面で修行をしていた聖・僧を集め、百味の飯食を整え供養しなさいとご教導なされました。


当時インドでは夏、雨期になりますと一ヶ処に僧侶、信徒が集まり研学修行が行われておりました。


その期間中はご供養を受けて過ごします。


そしてその最終仕上げの日が七月十五日なのです。


目蓮尊者の母親はこのご供養の功徳をもって餓鬼界の苦しみから逃れ出る事ができたのです。





平成23年7月27日
御教歌(日扇聖人教え歌)

夜もひるも  お守りあるを  疑ふな
我等凡夫の  めには見えねど

御仏の姿は、私たちには見えないけれど、常に私たちのことを守り助けようとしておられます。


私たちは、御仏のお慈悲を信じ、御題目の口唱、お寺参詣にはげめば、必ず御仏は私たち困ったとき、苦しいときにお助けくださいます。


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